カミングアウトってなんで必要?

『カミングアウトってなんで必要?』

よく見かけるカミングアウトのそもそも論ですね。

『そもそもなんでカミングアウトって必要なのか?』

『もっとLGBTsが当たり前の世の中ならカミングアウトなんて必要ないのに!』

『そもそも性の在り方なんて十人十色なのに!』

『異性愛者/シスジェンダーの人はカミングアウトの必要がないなんて!』

『別に悪いことしてるワケじゃないのに』

と、カミングアウトについて元も子もないことなんですが、カミングアウトの本質の問題点だなーとも思います。

私自身、カミングアウトする必要がない人とする必要がある人との差に理不尽さを感たことはあります。

逆に「異性愛主義」「恋愛至上主義」「異性愛規範」ついでに「トランスイレーザー」とかとかが複雑に絡み合ってるから、カミングアウトは必要なんだけどね……とある意味悟ってる部分もある。

「異性愛規範」「異性愛主義」の考えが世間に広く浸透しているから、異性愛者じゃない人はカミングアウトが必要になるし、「恋愛至上主義」の考えが世間に広く浸透しているから、Aセクシュアルの人たちはカミングアウトが必要になるし、「トランスイレーザー」の考えが世間に広く浸透しているから、トランスジェンダーやXジェンダー、性別移行する人はカミングアウトが必要になる。

じゃあ逆にカミングアウトが必要じゃない世の中って?……って考えるけど、なかなか難しい気もする。

だって別にLGBTs系でなくても、女性らしくない女性や男性らしくない男性は、異性愛者であってもシスジェンダーでもあっても、変に説明を求められることもあるし、ビジネスゲイキャラ(あくまでキャラとして同性愛者を演じてる人)で売っていた人が異性愛者であることを必死に言ってるのを見て、カミングアウトってなんだかんだで必要なんだなと思ってしまう。

カミングアウトっていうか、それはもう「ただの説明」なのかも知れない。そんなカミングアウトのそもそも論のお話でした。