性自認=こころの性ではない
『こころの性』という言葉……ちょいちょいいろんな場面で見かけますよね。例えば「心と体の性の不一致」とか「心の性別は男/女」とか。ニュアンス的には『性自認』とか『性同一性』とかと同じ……のようで実は微妙に違う。あくまでも『こころの性』は性自認や性同一性をビックリするくらいわっかりやすく伝えるために言い替えているだけです。

だっていきなり何も知らない人に「性自認が……」とか言ったって、なかなか通じないでしょ?

▼あわせて読みたい▼
ジェンダーアイデンティティの決定要因に大きな影響を与えた!ブレンダと呼ばれた少年の事件
恋愛事でジェンダーアイデンティティが変わるのはおかしい?


その点「こころの性」はスゴイ!だって断然分かりやすいもの。でもものすごーく分かりやすくしたことによって、なんだかちゃんと伝わっているのかいないのか微妙なこともしばしば。『心の性ってことは心の病気なんだね』『心の性ってことは気持ちの問題なんだね(だから気持ちの持ちようでどうにかなるんだね)』全く違う方向に受け取られたり、解釈されたりもするし、中にはオネエ系タレントと呼ばれる人の中には『ココロは乙女よ(性自認が女性と言っているワケではない)』なんて言ったりしてるといよいよ怪しい感じに。

私も分かりやすく説明しなきゃいけないことも多いので「心の性」という表現は多用していますが、なかなか誤解なく伝えるのは難しい。でも最近は『アイデンティティ』という言葉は普通に定着してきましたよね。アイデンティティを日本語で言うと『同一性』なんですが、「これがボクのアイデンティティだ!」とか「アイデンティティの崩壊」とか、同一性よりも使われている気がする。なので「心の性」も『ジェンダーアイデンティティ』の方が伝わるのかも、と思う今日この頃。