あらすじ
ムースとルイは傍目には何不自由のない裕福なカップルだったが、実はドラッグ中毒の泥沼に陥っていた。ある日、ドラッグの過剰摂取によりルイが急死、ムースは何とか命は取り留めたものの、ルイの子を妊娠していることを医師から告げられる。薬物中毒の女性の妊娠は危険であるとしてルイの母親には出産を反対されるが、ムースは生むつもりで田舎で隠遁生活を始める。しばらくしてルイの弟ポールが訪ねて来る。ゲイであるポールとの生活は穏やかで、ムースの心も和む。
▼映画『ムースの隠遁』予告編▼
感想
『ムースの隠遁(Le Refuge)』は2009年のフランス映画で妊娠中の女優と映画を撮るのが長年の夢だったフランソワ・オゾン監督が実際に妊娠6カ月だったイザベル・カレを主演に起用した作品。監督のフランソワ・オゾン監督は『彼は秘密の女ともだち』『Summer of 85』『ぼくを葬る』などの名作を手掛けている監督で、彼の描く作品にはゲイ(同性愛者)や欠如された倫理観と共に力強い女性像を描かれることも多いです。本作もまたドラッグ中毒で恋人は死に、自身もドラッグ依存でありながら身籠り、産み育てようとする女性ムースを描いています。ムースは大人になりきれない大人の女性といった感じ、大人になりきれないというか、母になりきれない感じで、徐々に母としての自覚や覚悟みたいなものが浮かび上がる作品……かと思ったら、そこはフランソワ・オゾン監督。そんな簡単に大人にも母にもさせてくれない。
そして、ラストはまさにオゾン監督らしいラスト。未来展望があるようで、お先真っ暗のような、どっちでも解釈できそうなラスト。私個人的にはそんな苦しいラストだとは思わず、「やっぱりそうなるよね」というある種の納得と安心のラストだと感じました。
映画『ムースの隠遁』より
母性はそんなに簡単に生まれない
妊婦のムースは愛する人の子を身ごもり、周囲には危険だと言われながらも産むことを決意する。しかし、ムース当人は全くと言っていいほど、お腹の子に関心を示さない。一応、無事に産めるように投薬治療をしたりしているが、お腹の子には基本無関心。大きなお腹に手を添えることもしなければ、声をかけることもしないし、なんならお酒やタバコも嗜むし、夜クラブにも行くし、ナンパにもついていく。またムースが子に対して無関心であることの暗喩なのかもしれないけど、やたら階段を上り下りするシーンがあり、観てるこちらが冷や冷やする。
これに対してオゾン監督は「(ムースは)たまたま妊娠しただけで、赤ん坊のことは主として自分が愛して失った男に繋がるものとしてお腹に置いている。」という残酷な考え方をインタビューで語っている。また同じインタビューで、ムースにとってお腹の子は愛する人を弔う道具とも語っていて、いかに母親になれていないか、母性がそんなに簡単にできあがるものではないことを教えてくれます。
そんなムースがお腹の子の成長と共に母親になれるのかが本作の見どころにもなっています。
映画『ムースの隠遁』より
秀逸すぎるキャスティング
『ムースの隠遁』。隠遁とは「交わりを絶って俗世間からのがれて暮らすこと。」だそうで、ぴったりの和訳、それどころか「ムースの」とつくことでどこかアンニュイで神秘的な雰囲気を感じさせます。ちなみに原題の「Le Refuge」は避難所、逃げ場と言った意味があるそうです。実際の妊婦をキャスティングして挑んだ本作、撮影当時妊婦だったイザベル・カレはお腹の子に関心を示さないムースに役が引っ張られてとても苦労したそうで、撮影そのものもかなり難航したそう。それだけ身体を張った本作のイザベル・カレのシーンはリアリティがあります(個人的には妊婦の体調第一で安静に!って思っちゃうけども)。
そしてムースの恋人役のルイにはメルヴィル・プポー。彼はオゾン監督の前作『ぼくを葬る』では主人公を演じており、これ以降、たびたびオゾン監督作品に起用されています。冒頭15分しか出番はないですが、存在感は一級で、薬物過剰摂取のシーンはその面妖さにあっけにとられました。
最後にルイの弟役ポールはフランスの人気歌手ルイ=ロナン・ショワジーを起用。彼は映画初出演で、音楽も担当しています。劇中で度々流れるピアノやエンディングも素晴らしいです!特にラストの音楽が、状況も相まってとても耳に残りやすく、心地よい音楽です!是非!
映画『ムースの隠遁』より
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