こちらは読者様(トランス女性さん)からいただいたお話。
「実生活経験とは結局、いかに望みの性で生活するかということよりも、いかに望みの性で『社会との妥協点』を見つけるか、望みの性で生活してみて、どこまですれば自分は『納得できる』社会はどこまでしたら、どう受け入れてくるか、それらを『探る期間』なのだと思う。」
個人的にはごもっともだと思います。
付け加えるなら、その過程で「埋没生活の可否」や「セクシュアリティに対するライフスタイルの確定」も出来るんじゃないかと。
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ただそれには、例えば埋没生活を希望してる人にとっては「埋没生活は無理かもしれない」という大前提がいるし、
辛い現実を突きつけられるかもしれない。
それらを含めて、妥協点だったり、こころとの折り合いだったりを、見つける期間なのかもしれませんね。
もちろんこれが正しい在り方でもないと思いますので、あくまでもひとつの考え方として。
この期間に何を考えるか、それは個人次第だとも思います。